EPISODE-1

作品はゴミなのか

映画少年から非日常へのあこがれが生まれた

創造力の原点

造形師としての自分の原点について考えると、中学時代に遡ると思ってます。

僕は小さな頃から映画が大好きだったのですが、特に劇中のコスチュームやファッションに異様に興味があり、例えば主人公が来ていたレザージャケット等、どうしても着たいもの、欲しいものがあると、中学時代には自分で縫い上げていました。

服飾に関して全く素人でしたが、劇中の服をつくりたい一心で、おびただしい数の既製服を分解し研究。自分で型紙を引き、材料を購入し制作。さらには、完成したファッションを披露するために、デザインフェスタやコスプレなど多くのイベントに参加したりもしていました。

造形師として

創造へのこだわり

多くのイベントに参加するうちに、自分の中にある違和感のようなものが、だんだん膨らんできました。

それは自分がイベント会場で、衣装を着て演じることや注目されることに興味や達成感があるのではなく、そもそもコスチュームやアイテムの創造自体に喜びを感じているということです。

自ら着て演じる必要はない。その気づきを境に、僕はイベント活動を封印。自身の体験したゲームや、映画の世界観を伝えるすべを模索し、フリーライターとしての活動も行いました。

そしてモノづくりにこだわり続けた結果、アーティストとの接点も出来はじめ、造形家としての道が開けて来ました。

作品はゴミなのか

作家としての転機

とある著名なアーティストの下で修行するようになった僕は、その技術やセンス。思考やこだわりを加速度的に習得していきました。

しかし1点だけ、どうしても納得いかない、自分自身が認めたくないこともありました。それは師匠が時々発する「俺たちがつくるものはゴミだから」という言葉です。

自分たちの造形物は、いわゆる生活必需品ではない。無くても生きていけるモノなのだ。

師匠は、だからこそ、無理や無駄、狂信的なこだわりなどがあって良い。むしろ尊い。といったことが言いたかったのだと思うのですが、当時の自分にはなかなか受け入れがたく……。

作品はゴミなのか?

その疑問と葛藤が、自分の中で大きな壁となっていきました。